これまでの展覧会の紹介
川瀬巴水
旅と郷愁の風景
KAWASE HASUI : Travel and Nostalgic Landscape
休館日 : 月曜日 ※ただし、祝日の場合は開館し翌火曜日休館
展示内容
大正から昭和にかけて活躍した木版画家・川瀬巴水(1883-1957〔明治16-昭和32〕年)。近代化の波が押し寄せ、街や風景がめまぐるしく変貌していく時代に、巴水は日本の原風景を求めて全国を旅し、庶民の生活が息づく四季折々の風景を描きました。巴水とともに木版画制作の道を歩んだのが、新時代の木版画「新版画」を推進した版元の渡邊庄三郎(現・渡邊木版美術画舗初代)や彫師、摺師といった職人たちです。四者は一体となって協業し、伝統技術を継承しながらもより高度な技術の活用を求めました。そして新たな色彩や表現に挑み続け、「新版画」を牽引する存在として人気を博します。
本展では、季節や天候、時の移ろいを豊かに表現し「旅情詩人」とも呼ばれた川瀬巴水の画家としての生涯を、初期から晩年までの代表的な作品とともに紹介します。まとめて観る機会の少ない連作(シリーズ)も含め150点あまりを展示し、叙情的な巴水の世界へと誘います。
第1章 版画家・巴水、ふるさと東京と旅みやげ(関東大震災前)
川瀬巴水(本名文治郎)は幼少の頃から絵を好み、10代半ばには画家を志すようになります。糸屋の跡取りという立場から一時は周囲の反対に遭うものの、家業が傾いたことを機に25歳にして絵の道へと踏み出します。はじめ洋画を学び、写生に深い興味を抱きますが油絵に馴染むことが出来ず、27歳でかねてから願っていた日本画家の鏑木清方に弟子入りを果たします。清方のもとで創作の方向性を模索していた巴水は、同門の伊東深水の連作木版画『近江八景』(1918〔大正7〕年)に感銘を受け、木版画制作に挑戦することを決意。33歳のとき、新しい時代の版画芸術として「新板(版)画」を推し進めていた版元の渡邊庄三郎と出会い、版画家・巴水として歩み始めるのでした。
巴水の初期作品は、鋸の歯のようにギザギザした輪郭線や抑揚がある線を用い、陰影を強調するような作風が特徴です。また、従来の浮世絵では忌避された「ザラ摺」の手法(円弧を描くようなバレンの摺り跡をつける手法)をあえて残すなど、挑戦的な試みも行っています。
この章では、「塩原三部作」と呼ばれる最初期の作品をはじめ、『旅みやげ第一集』、『東京十二題』などの連作をとおし、巴水と庄三郎が「新版画」の旗手として新たな世界を切り開いていく過程をご紹介します。
第2章 「旅情詩人」巴水、名声の確立とスランプ(関東大震災~戦中)
新版画の制作が軌道に乗り、順調に創作活動を進めていた巴水と庄三郎を、関東大震災が襲います。大切にしていた写生帖を含め、あらゆる画業の成果が失われてしまい、絶望的な状況に立たされた巴水でしたが、庄三郎に励まされて心機一転、生涯最長の旅に出て、次の制作へと繋げていきます。震災後の作品は、彫師や摺師と時に激論を交わしながら試行錯誤を重ねて作り上げられ、震災前の作風に比べて明るく鮮やかな色彩、細部に至るまで写実的で精密な筆致が印象的です。こうした作風変化の裏には、当時の購買層の好みを優先的に採り入れるよう促した、版元としての庄三郎の存在があったことも見逃せません。《芝増上寺》、《馬込の月》(いずれも『東京二十景』より)など、巴水の代表作として名高い作品が生み出されたのもこの頃のことでした。一方、名声の陰で、巴水は自身の作風がかわりばえしないことに悩み、徐々にスランプに陥っていきます。この章では、関東大震災後の混乱から立ち直り、更なる高みを目指す巴水の挑戦と葛藤の軌跡を、代表的な連作の数々をとおしてご覧いただきます。
第3章 巴水、新境地を開拓、円熟期へ(戦中~戦後)
作風のマンネリ化を感じていた巴水でしたが、画家仲間から朝鮮半島への旅に誘われたことがきっかけとなり、創作活動に新風が吹き込みます。初めて目にする異国での広々とした風景や風俗の新鮮さに魅了され、『朝鮮八景』(1939〔昭和14〕年8月)、『続朝鮮風景』(1940〔昭和15〕年)などの新たな連作が誕生します。作風も、震災前の特徴である思い切った構図に加え、震災後の作品に見られた精緻な描写が見られるようになり、この特徴が日常の風景を巴水独特の視点でとらえて美を見出す、戦後の作品へと引き継がれていきました。
1945(昭和20)年に第二次世界大戦が終結したことにより日本は敗戦を迎え、暗い雰囲気が漂う中、戦争のために衰退していた版画が再び評価され始めます。海外から日本を訪れる人々の間で版画の人気が急激に高まったことから、巴水は再び多忙な日々を迎えることになりました。さらに1952(昭和27)年には文部省による文化財保存の一環で木版画の技術を記録することが決められ、その木版画家のひとりとして巴水が選ばれるという栄誉にも授かりました。
展覧会最終章となる本章では、『朝鮮八景』、『続朝鮮風景』といった連作に加え、絶筆となった《平泉金色堂》(1957〔昭和32〕年)など、晩年期の魅力的な作品をご紹介します。
ピックアップ
判じ絵は、江戸時代の庶民に幅広く親しまれた、絵を読み解いて答えを導き出すなぞなぞです。浴衣や手ぬぐいの柄としてよく知られている「鎌○ぬ(かまわぬ)」も、江戸時代前期から存在する判じ絵の一種といわれています。
判じ絵は、平安時代後期から行われていた「ことば遊び」の要素や、中世以降のさまざまな「なぞ」の要素などが組み合わさって形成されたと考えられています。その完成は江戸時代に入ってからとされ、特に幕末期以降多くの浮世絵師たちによって多種多様に描かれ、大いに流行しました。テーマとなるものは、手紙、地名や動植物、台所用品、役者や力士の名前など多岐にわたります。
さて、実際に判じ絵を解いてみようとすると、画中には不可思議な図柄が描かれており、答えをすぐに導き出すのが難しい場合が多々あります。当時解読に挑戦した人々も、きっと大いに頭を悩ませたことでしょう。しかし、様々に推理を重ねながら言葉を結びつけて謎解きをしていく、その過程を楽しむことこそが、判じ絵の大きな魅力となっているのです。
本展覧会では、江戸時代の浮世絵師たちが描いた判じ絵を中心に、100点あまりを紹介します。江戸の庶民と知恵比べをしながら、奇想天外かつ愉快な判じ絵の世界をお楽しみください。
記念講演会①「新版画の誕生と川瀬巴水」(要事前申込)
日時:2024年4月20日(土) 14:00~15:30(開場13:30)
会場:八王子市学園都市センター 第5セミナー室
八王子市旭町9-1 八王子スクエアビル(八王子オクトーレ)12階
記念講演会②「巴水版画の挑戦と魅力」(要事前申込)
日時:2024年5月5日(日) 14:00~15:30(開場13:30)
会場:八王子市学園都市センター 第1セミナー室
八王子市旭町9-1 八王子スクエアビル(八王子オクトーレ)12階
学芸員によるギャラリートーク(申込不要)
日時:2024年4月26日(金)/5月18日(土) いずれも14:00~(約1時間)
特別展
川瀬巴水 旅と郷愁の風景
会期
開館時間
入館は閉館の30分前まで
休館日
ただし、祝日の場合は開館し翌日休館
会場
観覧料
学生(高校生以上)・65歳以上:450円
中学生以下無料
主催
特別協力
資料提供
企画協力
川瀬 巴水(かわせ はすい)
1910(明治43)年 27歳で日本画家の鏑木清方に入門。「巴水」の画名を与えられる。
1918(大正7)年 35歳のときに、伊東深水の木版画『近江八景』に影響を受け、木版画家に転向。
1957(昭和32)年 74歳で逝去。